小川先生講演第八段
「数息観のすすめ」
剣道における稽古とは?まず最初に何をやるか。誰でもすぐに竹刀(しない)を持って打ちたくなる。そうではない。まず最初は、その打ちたくなる、うたれたらどうしょう、打たれないようにするには?、などと、胸中モヤモヤする、これらの胸中の念慮、計らいを更に自分なりに整理しようとする。
これが禅の修行でも大事なところで、坐禅を組んで、「数息観」(すうそくかん)に取り掛かる。吸う息と、吐く息を「ヒー、トーーっつ」と数える、これをずーっと「ㇷ―、ターっつ、 ミー、ツーっつ 」とこれを順次数えてゆくと、胸中のモヤモヤが次第に静かになる。

H24年浜松武道祭集団演武、浜松、三ヶ日舎房道場関係の写真は浜松直心堂静坐会の覚剣、妙剣両居士の提供

剣道では稽古の前にこの「数息観」を時間をとって修するのがいいのですが、坐禅用の坐布団が用意できないなど準備不足なら、「素振り(すぶり)」でもよい。誰でも出来る竹刀、または木刀を形通り握り、振り上げてまっすぐに振り下ろす。

佐藤某先生は「素振り一生」ということを唱えて、当代随一の剣士になられた。剣道稽古は最初やはり、これをしっかりやる。始めはたしかに面白くない。面白くないけれども無味乾燥なことに若い精力を注いで、そうしてモヤモヤした胸中にあるものをずうーっと下方に下げていく。

この胸中のモヤモヤをさらに脚の踵(かかと)にまで押し下げ、空じて、平生を快活、軽快に送るという境地は稽古を継続して行くとしだいに進んでゆくが、平生、日常生活にもその効果を及ぼしてゆこうというのが坐禅の修行とは共通するところの目的でもある。

注脚
佐藤某先生
佐藤忠三氏。(詳細不詳)


数息観(すうそくかん)
呼吸を数えることに集中して、三昧の境地に入る呼吸法。禅の修行の前段階に採りいれられたり、各方面で注目されているが、この呼吸法の成立過程は禅、仏教の修行とは直接関係はない。著書として立田英山「数息観のすすめ」(英訳共。)がある。


(この項 要道)


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