稲盛和夫 ― 屈指の経営者は禅者

京セラの会長で、KDDIの創立やJALの再建など、大きな実業界の業績を残されている稲盛さんですが、数年前に妙心寺に出家されたとの話です。稲盛さんというとサンマーク出版などの自己啓発本の人気でも有名で、その哲学というのは、仏教的とか儒学的というよりも、人間的な稲盛さんの人生哲学的なものなのかと思っていました。しかし、仏教界、そして禅の世界に飛び込まれたということで驚きと嬉しさを覚えたのですが、何をやるにつけ全力で無欲に取り組まれる稲盛さんのことですから、きっと大成され、新しい境地を開かれることと思います。

ビジネスマンが禅をやるには

稲盛さんの場合は、得度、出家をされていて、それは65歳の時だったそうです。すでに実業の世界で成功されていて、その後にJAL再建なども引き受けていらっしゃるので、在家の立場で仏門に入られているということかと思います。仮に皆さんの立場で稲盛さんのように在家得度されようとしても、屈指の名刹である妙心寺の円福寺でそれが許されるかは定かではありません。許されても場所が京都だと都合が悪い人も多いかと思います。多くの人が問題になる箇所を点検してみましょう。

ビジネスマンが禅修行できない理由

1.在家である必要性

仕事や家庭を持っていて、その全ての捨てて出家するのだ、と強い意志と実行力がある人は別ですが、そうでない大多数の人にとって仕事や家庭は重要で簡単に捨てられるものではありません。むしろ、仕事や家庭がうまくいくように修行をしたいんだ、と思う人もいることと思います。では、禅の修行は、在家の身分では不可能なのでしょうか。ご安心ください。仏教や禅の世界には、昔から優れた在家の修行者が存在していて、それをお釈迦様も否定していませんし、むしろ多いに認めています。お釈迦さまの優れた弟子の一人が有名な維摩居士であり、中国にも龐居士という優れた禅者がいました。在家が禅を追求することは、いけないことではありません。大いに勧奨されるべき、素晴らしい行いと言えます。

2. 受け入れ先がない

仕事を持ったり、家庭を持っている人が、禅僧の修行を積むには、それを許してくれる専門道場が必要ですが、皆さんの周囲の禅寺ではそれは叶いません。住職の方には色々仕事があり、檀家であってもその修行の面倒を見てくれるということはしてくれない訳です。全国には禅僧が修行する専門のお寺、専門道場が幾つかありますがそれはあくまでプロ向けの施設で、一般社会人や家庭人の立場でそこに入門することは許されません。

3.受け入れ先が遠い

ほぼ皆無と言っていい、在家禅者志願者の受け入れ先ですが、仮に何らかの縁を得て、それが許されてもその場所が自宅の近所になければ、持続的な修行は不可能です。そこに住み込むような話になっては在家とは言えずむしろ出家になってしまい、在家の根本である仕事や家庭に支障をきたしてしまいます。身近な場所に、あなたを受け入れてくれ、修行させてくれる場が必要な訳です。

4. 伝統に則った修行体系の場がない

精神的な自由や解放、悩みに打ち勝つ機会を提供する主体として、現代の日本では新興宗教がそれを担って来ました。病気に打ち勝ったり、家族の難事を乗り越えるための信仰の場として、新興宗教はそうした人のニーズに大いに応えて来ました。禅の修行を志ざす人の中には、こうした何らかの困難を抱えていてそれを乗り越える手段として禅の修行を位置づけている人もいるかと思います。そうした場を提供していない伝統的な仏教寺院がほとんどの現在の日本では、時に新興の宗教の門を叩く人が出てくるのも無理はありません。新興宗教の方が、門戸を広く開放していますし、何らかの悩みを抱える人の解決を具体的に謳う団体も多く、魅力的に感じる人もいることでしょうか。では、そうではない伝統的な修行の場を、どのようにして現代の日本において得るかことができるのでしょうか。

持続的な修行、単なる一過性の祈祷や喜捨ではなく 心の不安、体の不調、家族の不仲、仕事の不調など様々な悩みに対して、禅は徹底的に自力による突破を求めます。ですから修行は長期になりますし、その道のりは歩きやすいというよりは険しいものになります。そしてこれを読んでいる皆さんはむしろ、それこそが自分が求めるところだ、とお考えのことと思います。ですが、上記のようにその機会が得られない中で、選択可能な選択肢は、祈祷や寄付でご利益を得られるといった一過性の安直な救済を謳うものばかりということになりがちです。いうまでもなく、苦労をして長期の修行ののちに得たものと、クレジット決済で得たお札やお守りの効力では、大きな違いがあります。いかにして、その修行の場を得るかということになります。

ビジネスで成功するために

上記のような理由で、稲盛さんのように禅門を叩いてみたいけれども、どこにもその場所が見当たらないと困っている人には、人間禅がオススメす。人間禅をお勧めできるのは以下のような理由で、今見てきた修行の場がないという問題を解決できるからです。

在家のための組織である

人間禅は、専門修行僧のための組織ではなく、仕事や家庭を持った人が禅修行を積むための場を提供する組織です。ですので、志を共にする人もみな在家です。職業僧侶の間で肩身の狭い思いをすることもありません。在家が修行をすることに特化をしていますので、無理なく禅を続けることができます。

全国各地にその場がある

人間禅は全国に30の専門道場を持ち、そのほか静座会などの参加可能な定期的なイベントの場を含めると100を超える修行の機会を提供しています。在家のための組織ですので、誰もが気兼ねなく、参加可能です。

禅の伝統を踏襲する修行

人間禅は臨済禅の法系に位置します。病気を直したり、空を飛ぶような神秘を語りません。坐禅を中心に、臨済禅の特徴である参禅をしたり、合宿をしたりして、それぞれがそれぞれの境地でその進達を目指しています。

まとめ

もし、あなたが稲盛本に心酔していて、稲盛さんのような経営者やビジネスマンになりたいと考えていて、その具体的な努力として禅修行を考えられているとしたら、あなたは禅に向いているということもできます。禅は皮相の理解を嫌い、本質の実践や体験を求めます。自己啓発本の精読では得られない稲盛さんの境地は、禅修行によってしか得られない部分も多いと言えますし、直感的にあなたはそのことに気づいているとも言えます。実際の全修行がどのようなものか、ぜひ在家のための専門道場で体験してみて下さい。そして、それを仕事に役立て、社会に役立てていただきたいと願っています。


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